【東本願寺】40年ぶり特別公開「大寝殿・白書院」見どころ紹介

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京都駅から徒歩7分ほどの場所にある東本願寺

その境内の広さなんと!28000坪(9万2000㎡)!

南北に400m、東西に200mもの大きさです。

広大な境内の中にある「御影堂」や「阿弥陀堂」は、一般開放されているため、開門時間には自由参拝することができますが、通常は公開されていない建物もあります。

今回は、「京の冬の旅」で40年ぶりの公開となっている東本願寺の「大寝殿」と「白書院」をご紹介します。

「書院造り」についても、詳しく解説していきます!

目次

東本願寺「大寝殿」

大寝殿まで来ると、

まず、目の前にいつもは外から見ている勅使門を内から眺めることがで、外の通り沿いから見るよりも、更に重厚感を感じます。

東本願寺「大寝殿」

上の写真が、大寝殿の中の様子です。

中は、撮影okで、障壁画などのガイドもしていただけます。

東本願寺は、1864(元治元)年の「禁門の変」で、ほぼ全焼しました。

その後、御影堂や阿弥陀堂の再建(1895年)よりも先に、1867(慶応3)年に大寝殿が建てられているため、大寝殿が東本願寺で最古の建造物となります。

現在は、東本願寺正殿として重要な法要儀式の場として使われます。

座敷の最奥は、全面上段となっています。

大寝殿の見どころと言えば、広間の奥に描かれた竹内栖鳳による障壁画です。

向かって右側から「風竹野雀」「歓喜」「古柳眠鷺」と題される三面から成る作品となっています。

写真はokなのですが、ガラス越しのためなかなか上手く撮ることができませんでした。

風竹野雀(ふうちくやじゃく)

風竹野雀(ふうちくやじゃく)は、強い風に吹かれ、大きく枝がしなる竹林の中を二羽の雀が、争っている姿が描かれて、現世の闘争と煩悩が表現されています。

中央には「歓喜(かんぎ)」が描かれています。

非常に繊細で可愛らしい雀が描かれているのですが、全面ガラス張りのため反射でうまく写真は撮れませんでした。

「歓喜(かんぎ)」は、両脇の水墨花鳥図に対して、着色画で描かれているため、美しく柔らかさが引き立っています。

「歓喜(かんぎ)」では、喜びが表現されています。

古柳眠鷺(こりゅうみんろ)

こちらが「古柳眠鷺(こりゅうみんろ)」です。

柳の古木の上で、静かに休む白鷺の姿が描かれていて、風竹野雀の動態表現に対し、静態表現で描かれています。

今にも折れそうな柳の細い枝先で、白鷺が休んでいる姿を通し、浄土の寂静を表現しています。

静けさと、穏やかな時間の流れが伝わってきて、表現力の凄さを感じます。

大寝殿から出て、廊下を更に奥へと進みます。

奥に進むと、木のぬくもりを感じる廊下から、庭へと続く洋館を思わせる造りの廊下が現れます。

さらに進むと渡り廊下が出てくるので、そこを進みます。

渡り廊下からは、

左に「能舞台」、中央に「御影堂」、右に「白書院」が見えます。

それでは、白書院内部のご紹介にうつりましょう。

東本願寺「白書院」

白書院へは、能舞台の正面から入ります。

白書院に入って振り返ると、解放された襖の正面に能舞台を見ることができます。

白書院は、能の観覧席としての役目もあったのだそうです。

ちなみに、白書院でもガイドしていただけ、写真撮影もokでした。

白書院は、1911(明治44)年の「宗祖親鸞聖人650回御遠忌」に際して、大阪の戸田猪七氏の寄進により再建された建物です。

白書院の名称は、柱やその他が、漆などを塗らずに白木で仕立て上げられていることが由来となっています。

建物の北側脇には、控間と上段の間が整えられています。

奥に行くにしたがって格調高い造りとなっていきます。

上の写真のように、天井や畳縁の設えに違いがあります。

控間は「小間格天井」、中央の間は「格天井」、一の間は「折上小間格天井」と呼ばれる様式です。

さらに、一の間は正式書院造となっています。

正式書院造の特徴については、後ほど詳しくご解説します。

一の間の手前には「国豊民安」と書かれた額がかけられています。

こちらは閑院宮載仁親王(かんいんのみやことひとしんのう)の筆で、「大無量寿経」下巻にある言葉となっています。

白書院は、現在は来賓接待等に使用されています。

書院造とは

もともと寝殿造は、公家の寝殿と儀式を中心とする生活に即した様式の造りとなっていました。

ところが、平安時代後期の武士勢力に押され、公家の権威は失墜していき、平安後期・鎌倉時代になると、有力な武家も寝殿造の屋敷を活用するようになります。

しかし、武士の生活は、公家の生活とは違い、対面で交渉を必要とすることも多く、接客を場所を欠かすことはできません。

そこで書院を中心にした屋敷形式として登場したのが書院造です。

こうして、武士の屋敷は、室町時代から書院造の形に変わっていきました。

書院造りの特徴4つ|東本願寺「白書院」写真で解説

正式な書院造りの特徴は4つあります。

書院造りの特徴は4つ

① 床の間(とこのま)
② 違棚(ちがいだな)
③ 付書院(つけしょいん)
④ 帳台構(ちょうだいがまえ)

この4つの座敷飾りを備えた部屋が正式な書院造りとなります。

それでは、東本願寺の白書院の写真で詳しく見ていきましょう。

床の間(とこのま)

床の間は、仏具を置く神聖な場所です。

白書院の床の間を見ると、座敷からは一段高くなっていて、畳縁(たたみべり)には雛飾りのお内裏様とお雛様が座れている畳に使われているような布が使われています。

違棚(ちがいだな)

違棚(ちがいだな)は、床の間の横の床脇に段違いに取り付けられている、文具等を置くための棚のことを言います。

付書院(つけしょいん)

付書院(つけしょいん)は、床の間脇にある開口部で、出窓のような形になっています。

出窓部分を机にして読み書きをする文机(ふづくえ)として使用されていたそうです。

帳台構(ちょうだいがまえ)

帳台構(ちょうだいがまえ)は、鴨居を低く、敷居を高くした丈の低い豪華な襖を立てているのが特徴です。

通常は、棚の脇に設置される小部屋(寝室)へとつながる扉でした。

武士の接客の場所として書院が活用されるようになると、実用的な書斎としてではなく、高価な仏具が飾られたり、違い棚の意匠を凝らしたりなど、その家の権威を表す役割が主体となっていきました。

確かに、白書院の書院造を見ても、豪華で棚の彫物一つをとっても、細やかな造りとなっていました。

【東本願寺】アクセス基本情報

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