滋賀|源義経元服の地「鏡神社」

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今回は、滋賀県の竜王町にある「鏡神社」をご紹介します。

すぐ側には「道の駅竜王かがみの里」があり、車で10分弱の場所には「三井アウトレットパーク」もあって、重要文化財の本堂など、歴史ある神社の参拝の後にも楽しみがたくさんの神社ですよ!

目次

鏡神社(かがみじんじゃ)

鏡神社は、紀元前31年にたくさんの技術者を連れて新羅国から来朝し、近江の国に集落を成したと伝わる「天日槍尊(アメノヒボコノミコト)」を主祭神として祀る神社です。

一緒に来た技術者の中には、陶物師・医師・薬師・弓削師・鏡作師・鋳物師などがいたといわれています。

神社は、竜王町・野洲市・湖南市にまたがる鏡山にあり、この地に天日槍が持ってきた「日鏡」を納めたことが、「鏡」という名前の由来になったと伝わっています。

鏡山の山の中には、古墳時代後期から飛鳥、奈良時代にかけて須恵器などを焼く「鏡山古窯址群」が多く存在しています。

鏡神社は、町おこし、国つくりなど行政文化の発展、諸産業の技術向上、農耕商工業繁盛などの繁栄、また源義経が源氏の再興と武運長久を祈願したことから、武術学業の向上、開運成就、家系繁栄にも御利益があると言われています。

源義経元服の

鏡神社のある地は、かつては近江国から陸奥国へつながる東山道の宿場でした。

承安4年(1174)には、源義経(牛若丸)が、京都鞍馬から奥州への旅路に鏡の宿場に泊まり元服したと伝わっています。

牛若丸(源義経)は、鞍馬で「遮那王(しゃなおう)」と称し、ひそかに源氏の再興を志していたと言います。

そして、兄頼朝を尋ねるため、鞍馬をこっそり抜け出し、その旅途中、近江の「鏡の宿」に入り、時の長者「沢弥傳(さわやでん)」の屋敷に泊まります。

奥州の金売り吉次と下総の深栖(ふかす)の三郎光重が子、陵助頼重(みささぎのすけよりしげ)を同伴して東下りの途中

そして、平家の追っ手がいるのを聞き、見つかりやすい「稚児(ちご)姿」でいることを避けるために「元服」することを決心したのです。どこで、鏡池の石清水を用いて前髪を落とし元服をしたと伝えられています。

この時、牛若丸は16歳、元服をし名前を「源九郎義経(みなもとのくろうよしつね)」と名乗り、鏡神社へ参拝し、源氏の再興と武運長久を祈願したと言われています。

鏡神社の参道には、「源義経 元服の地」と書かれたのぼりがたくさんたっています。


鏡神社には、源義経「烏帽子掛けの松」の伝承があり、鳥居の手前に鏡の宿で元服した牛若丸がこの松枝に烏帽子を掛けて鏡神社に参拝したと言われています。

参道には、そのとき烏帽子を掛けたと言われる松がのこっています。

ただ、この松は1873年の台風によって折損してしまい、現在は幹の部分だけが保存されています。

鏡神社の境内

本殿には、主祭神の「天日槍尊」と配祀神の「天津彦根命」「天目一箇命」が祀られています。

本殿は、室町中期に建てられたとされ、重要文化財に指定されています。

境内には、祓を司どる「祓戸大神」が祀られ、石碑と共に「祓を行う祓戸」が仕切られています。


鏡神社から数百m歩いくと「西光寺跡」があり、遺構が残されています。

鎖がつけられた網状の扉があり、開けて入ることができます。

そこから少しだけ上ったところに「宝篋印塔」と、そのすぐそばに「灯篭」があり、重要文化財に指定されています。

【鏡神社】アクセス基本情報

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