妙心寺塔頭「退蔵院」見どころ

寺院

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京都にある妙心寺は、日本最大の禅寺で、山内塔頭と境外塔頭合わせて46ケ院もの塔頭があります。

通常非公開の寺院がほとんどですが、退蔵院、桂春院、大心院の三つの寺院が常時一般公開されています。

今日は、妙心寺の塔頭寺院のひとつ「妙心寺」をご紹介します。

国宝や重要文化財はもちろん、名勝庭園、水琴窟など見どころがたくさんある寺院ですよ。

退蔵院の歴史

退蔵院(たいぞういん)は、室町時代応永11(1404)年に、波多野重通(はたのしげみち)が、無因宗因(むいんそういん)を開山として創建されました。

創建当初は、千本通松原あたりにありましたが、のちに妙心寺内に移築されました。

退蔵院の「退蔵」には、「価値あるものをしまっておく」と言う意味があり、「人に知られることなく善い行いを積み重ね、見せびらかさず内に秘める」ということを示しているのだそうです。

その後、退蔵院は応仁の乱で妙心寺とともに炎上、衰退しましたが、す安土桃山時代から江戸時代にかけて再興され、現在に至っています。

退蔵院の見どころ

それでは、早速退蔵院の見どころをご紹介していきましょう。

退蔵院の庭園

見どころの多い退蔵院ですが、退蔵院と言えば、まずは庭園です。

退蔵院は、妙心寺最大の庭園寺院で、その庭の美しさでも有名です。

元信の庭

方丈の庭は、方丈の西と南に広がる枯山水の庭です。

西にある庭は、室町時代の絵師・狩野元信が70歳近くになってから、作庭された庭だと伝えられており、「元信の庭」と呼ばれています。

元信の庭には、葉が散らない常緑樹が配置されていています。これは「不変(かわらず)の美」を表現しているのだそうです。

陰陽の庭

境内の南側にある緑の垣根を進むと、入口すぐのところに「陰陽(おんみょう)の庭」と呼ばれる、砂の色が異なる2つの枯山水庭園が広がっています。

こちらが、陰の庭です。

少し、黒みを帯びた砂になっています。

陰陽の庭の砂紋は、他で見たことがないぐらい深くてがっしりとした感じです。

そして、こちらが陽の庭です。

白砂になっています。

枝垂れ桜を間にし、「陽の庭」と「陰の庭」が向かいあうように並んでいます。

余香苑

陰陽の庭から、さらに進んでいくと余香苑(よこうえん)があります。

作庭家・中根金作(なかね きんさく)の設計で広大な池泉回遊式庭園となっています。

自然風景の風景を切り取ったような庭園を正面から見渡すと、遠近感があり、奥行きを感じる庭となっています。

余香苑は、しだれ桜や藤、さつき、蓮、かえでなど、一年を通じて庭に彩を添える草木が楽しめます。

水琴窟

庭園「余香苑」の傍には、水琴窟(すいきんくつ)が澄んだ音色を奏でています。

もともとは江戸中期から書院中庭にあったもので、書院中庭は通常非公開のため、いつでも参拝者に楽しんでもらえるようにと、現在の場所に移したのだそうです。

側に竹筒が立っていて、耳を近づけると水琴窟の音色がよく聞こえるようになっています。

実際、周りの静けさもあって、耳を近づける前から音聞こえてきていました。

すごく澄んだ美しい音がしていましたよ。

退蔵院の国宝・重要文化財

受付を済まし境内を進むと、方丈への入り口である大玄関(おおげんかん)があります。

青もみじに隠れてよく見えませんが、「袴腰(はかまごし)の大玄関」とも呼ばれ、重要文化財に指定されています。

大玄関をくぐりると方丈(ほうじょう)があります。

方丈は、安土桃山時代の1597年ごろに再建されたもので、重要文化財に指定されています。かの有名な剣豪・宮本武蔵が江戸時代にここで修行をしたそうです。

靴を脱いで上がることができます。

方丈には、日本最古の水墨画と言われ、国宝に指定されている瓢鮎図(ひょうねんず)があります(本物ではありませんが)。

残念ながらガラスに覆われているため反射して上手く撮影できませんでした。

瓢鮎図の「瓢」は「ひょうたん」のことで、「鮎」は「なまず」のことなのだそうです。

アクセス

京都府京都市右京区花園妙心寺町35
JR「花園」駅 徒歩約7分

いかがでしたでしょうか?

妙心寺塔頭の中で、通常公開されている数少ない寺院のひとつ退蔵院は、入口からはそんなに大きそうに感じませんが、中は広くて美しい庭園が広がっていて、見どころの多い寺院でした。

それでは、また。