大阪・東三国に鎮座する「蒲田神社」

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こんにちは。

【夫婦でお参り】のHOKI & MIYUです。

今日もポチポチと、神社仏閣に関わる情報をお届けします。

今日は、新大阪駅から地下鉄御堂筋線で一駅の東三国駅から歩いてすぐの場所に鎮座する蒲田神社をご紹介します。

目次

蒲田神社の歴史


蒲田神社(うらたじんじゃ)は、南北朝時代に「室の明神(播磨国室の宮)」の御分霊をこの地の有力者だった佛生院又三郎が、奉斎したのが始まりだと言われています。

また、播磨国室の宮に上賀茂社の御分霊を船で運んだのですが、その際につむじ風に遭い、風待ちをしたことが縁となり、この地にも勧請したという言い伝えも残っています。


もともと浦田神社は「稲荷社」と呼ばれていましたが、明治5(1872)年に村社に列され、明治42(1909)年に浦田神社に名称を改めました。

浦田神社の名の由来は、「神社付近が蒲の生い茂る田園情緒豊かな地」だったことから名づけられたそうです。

その後、明治44(1911)年には神饌幣帛料供進社に指定されています。

蒲田神社のご利益

蒲田神社には、宇賀御魂神(うがのみたまのかみ)と、別雷神(わけいかづちのかみ)が祀られています。

宇賀御魂神は、五穀をはじめとする食物、衣服の元となる蚕、屋舟、建物など、衣食住を司る神様です。

別雷神は、土地の開発守護神や火鎮の神、厄除けの守護神です。

蒲田神社は、衣食住・火の用心・厄除けなどのご利益がある神様が祀られているということですね。

蒲田神社の境内

蒲田神社の鳥居です。

この鳥居は、境内の西側にあります。

鳥居をくぐると目の前には、拝殿・本殿があります。

東三国の住宅街にあり、神社の本殿のまわりには高い建物など遮るものもなく、大きな木の緑と青空のせいか、スカッとした爽やかな空気を感じます。

そんなに大きな神社ではありませんが、なぜか境内は広々とした感じがします。

明るく気持ちの良い境内ですが、実は大正頃までは、楠や杉、松などの大木が茂っていて、境内は薄暗かったのだそうです。

現在でも、本殿南側に何本か大きな木が残っています。

その中でも、本殿裏にある「千年樟」の幹周は約8メートルもある立派なきです。

紫陽花が、かわいい花を咲かせていました。

本殿の手前、右側には白光社があります。

白光社は、樹齢650年以上と言われる大楠の切り株の上に鎮座しています。

本殿左に、祖霊社があります。

祖霊社の右奥に、瓦で作られた立体的な十二支方位があります。

北に子(ね)を当てはめて、丑(うし)、寅(とら)、卯(う)と十二支の順番に時計回りに方位に当てはめます。

十二支は、初めは月の記号として使われていましたが、年や日、時間、方位にも割り当てられるようになって、そこから正午・午前・午後などの言葉も生まれたのだそうです。

祖霊社の右手には、蛭子社があります。

本殿から右手、境内の南側にある鳥居にでます。

アクセス

大阪市淀川区東三国2丁目18番12号

最寄りは、地下鉄御堂筋線東三国駅、1番出口を出て徒歩1分ほどです。

蒲田神社は、観光スポットではありませんが、初詣の時期には行列ができるほど、地元の方に親しまれ信仰され続けるとても気持ちの良い神社でした。

新大阪駅からも徒歩圏内という好立地ですので、機会があれば是非参拝してみてはいかがでしょうか。

それでは、また。

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