「難波八阪神社」インパクト大!巨大〝獅子頭〟

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大阪の難波に「インパクトありすぎ!」のユニークな神社があるのをご存知でしょうか?

今日は、獅子殿を一目見ようと多く参拝者が訪れる人気スポット、「難波八阪神社」をご紹介します。

難波八阪神社(なんばやさかじんじゃ)

「難波八阪神社」は、“ミナミ”の愛称で親しまれる大阪の難波にあります。

境内には、大きな口を開いた獅子殿があり、運勢や金運アップなど〝勝つチャンス〟を呼び込むと言われ、人気スポットとなっています。

総本社は八坂神社です。でも、やさかの「坂」の漢字が違うのは、大阪の「阪」にちなんでいるのだそうです。

難波八坂神社の歴史

難波八阪神社は、創建の詳細が不明となっています。

1945(昭和20)年に起きた大阪大空襲で被災したことにより、残念なことに創建にまつわる古い資料が全て失われてしまったからです。

言い伝えられている由緒は、仁徳天皇(にんとくてんのう)の時代にこの地域に疫病が流行り、これを治めるために牛頭天王(ごずてんのう)が現れたことが、始まりとされています。

祇園牛頭天王(ぎおんごずてんのう)は素盞嗚尊 (すさのをのみこと)と同じに扱われることもあるため、現在の難波八阪神社では素盞嗚尊(すさのをのみこと)が祀られています。


創建後は、難波下の宮(なんばしものみや)と呼ばれ、難波の産土神(うぶすながみ)として親しまれるようになりました。産土神とは、自分の出生地や現在住んでいる地域の守護神のことです。

昔は、神仏習合でしたので境内には神宮寺や大門坊が並んでいたのですが、明治政府によって神仏分離令が出されことにより寺院がなくなり、現在のように神社だけになりました。

神仏習合や神仏分離については、以下の記事で少し説明していますので参考にしてください。

大阪大空襲で社殿が全て焼失し、現在の本殿は、昭和49年に再建されています。
この時に、境内の西側の「獅子殿」と呼ばれる大きな獅子の頭をした舞台も建てられました。

目を奪われる「獅子殿」

インパクト大の獅子殿は、古くからこの辺りで、獅子舞が盛んな地域だったため、魔よけの獅子として本殿とともに新しく創られました。

高さ12m、幅11m、奥行き10mと、とても大きく、獅子殿を目的に国内外からたくさんの方が参拝に訪れます。

内部神殿には 御祭神である素盞嗚尊の荒魂が祀られています。

天井にはめ込まれている鳳凰の彫刻は、全て手彫りでその意匠が異なっています。

おおきな目はライトで、鼻はスピーカーになっているんです。

歯は、24本あります!


この大きな口が、勝利を呼び、邪気を飲み勝運(商運)を招くと言われています。

学業向上、就職、入試、会社発展にご利益があるといわれ、多くご参拝者が訪れます。たくさんの絵馬が奉納されていました。

大阪屈指の繁華街『難波』は、葱の海だった⁉︎

難波八坂神社の境内に「難波葱発祥の地」という塔があります。


葱の原産地は、中国西部やシベリアと推定されています。

日本で最初に葱が伝わったのが、大阪で、大阪の中でも特に難波地域で、盛んに栽培されていました。

むかし難波地域には〝難波葱〟の畑が広がっていたそうで、明治18年に南海なんば駅ができた頃、このあたりには、まだネギ畑が広がっていたと言います。

広がっていたネギ畑は、東京ドーム約10個分もの広さがあり「葱の海」と呼ばれるほどでした。


京都の「九条葱」は有名ですが、実は、伏見稲荷神社の創建時に難波から種が持ち込まれたものです。
他にも、関東の「千住葱」も、江戸時代に難波葱が伝わって、改良されたと言う説もあります。
難波葱は、日本の葱のルーツとも言える葱なのです。

難波葱は、「ヌメリが強い」「強い甘みと香り」「一般的な青葱よりも根をしっかり張る」という特徴があります。残念なことに2000年ごろに市場から姿を消しました。

根が張っているため収穫に手間がかかることや、ヌメリが強いため加工に向かなかったため、流通が減り難波葱を栽培する農家が激減したことが原因だそうです。

それでも、2017年には「なにわの伝統野菜」に認証され、難波葱を新たな特産品としたいと、大阪府松原市などを中心に難波葱の栽培が復活しています。

歴史のある野菜、なんとか守り続けてほしいものですね。

アクセス

大阪地下鉄御堂筋線・四つ橋線「なんば駅」、南海線「難波駅」から歩いて約6分、または「大国町駅」から歩いて7分ほどです。

難波から徒歩圏内ですので、帰りに観光なども楽しめます。ザ・大阪!の街並みや、食べ物もたくさんあるので、大阪を満喫してみてはいかがでしょうか。

それでは、また。